あるドラマのワンシーンでのこと。
子どもが眠る前に、絵本を読み聞かせをする母親の姿を見て、隣にいた夫がふとつぶやきました。
「みんな、こうやって寝かしつけしてるのかな? 俺、母に絵本を読んでもらった記憶がないんだよね~」
私はというと、幼い頃、母がよく絵本を読んでくれました。
ぬくもりのある時間、母の声、めくるページの音。
そのひとつひとつが心にふわっと残っています。
だからこそ、わが子にもたくさん読んであげています。
寝かしつけのとき、ちょっと時間が空いたとき、一緒に笑ったり、驚いたりしながら。
けれど、隣にいる夫は、それを少し不思議そうに見ています。
「なんでそんなに絵本を読みたがるの?」——そんな表情で。
本屋さんで昔の絵本に再会すると、あの頃の記憶が懐かしくよみがえってきます。
それは、子どもの頃の私が間違いなく愛されていたという、確かな証だったんだと。
「切なさ」に近い気持ち
夫の「母に絵本を読んでもらった記憶がない」の言葉に「そうなんだ」と返事をしながら、
心の中で「私の母が絵本を読んでくれていたのは、当たり前の時間じゃなかったんだ」ということにこのとき気づかされました。
夫の育った家庭にも、もちろん愛情はあった。
でも、忙しかったのかもしれないし、読み聞かせが苦手だったのかもしれない。
あるいは、絵本を読む文化そのものが、その家庭にはなかったのかもしれません。
私にとっては当たり前にあった愛情表現が、彼にとっては“見たことのない風景”だった。
そう思うと、なんだか切ない気持ちになりました。
自分の子どもに読み聞かせをしながら、夫にも「愛情の連鎖を繋ぎ足している」途中なのかもしれません。
読み聞かせは「愛情の実感」
絵本を読むことって、ただ教育のためだけじゃない。
もっと根っこの部分にある、“愛されている”という感覚を育ててくれると思います。
なぜなら——
親が自分の時間をまるごと差し出してくれるから。
ページをめくる手の動き。
寄り添う身体のぬくもり。
その子のためだけに紡がれる声。
その全部が、「あなたが大切だよ」という無言のメッセージになっている。
子どもにとって、それは何よりの安心であり、自信の土台になるんです。
読み聞かせは、言葉ではない“愛情の記憶”を届けてくれるものだと思います。
もちろん、読めない日があってもいいし、苦手だと感じても大丈夫。
でも、もし「読んでもらった記憶がある」なら、それはとてもあたたかい贈り物です。
そして今、「読んであげている」あなたは、未来に愛情を残す人でもあるんです。



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