「好みって、みんなあるものじゃないの?」
最近ふと、そんなことを考えるきっかけがありました。
きっかけは、友人と会話していた夫の何気ない一言です。
「俺、好みって特にないんだよね〜」
えっ? ないの?
私はというと、好みがかなりハッキリしているタイプです。
「好みがない」って、本当?
たとえば、人の好みなら、
・ムッチョ(マッチョとむちむちの間)
・彫りの深い顔
・背が高い
・毛深い
・責任感が強い
・賢い
・男らしい
・強い
・年上
・食べるのが好き
・アクティブ
・明るい
・面白い
……これくらいなら、すぐに口をついて出てきます。
こうして並べてみると、我ながらなかなか細かいですね。
そして私は、こういう人と一緒にいると、とても穏やかで幸せなんです。
だから私にとって「好みがある」というのは、ごく自然なことでした。
一方、夫は「好みは特にない」と言います。
けれど、長く一緒にいる私から見ると、
「こういう人に惹かれることが多いような……?」
と感じることがあります。
もちろん、それは私から見た夫なので、本当のところは夫にしか分かりません。
ただ、その姿を見ながら、ふと思ったんです。
もしかしたら、好みが“ない”のではなく、まだ自分でも気づいていない“好き”もあるのかもしれない。
「どんな人が好き?」だけでは見えないこと
「どんな人が好き?」
そう聞かれても、すぐには答えられないことがありますよね。
「特にタイプはないかな」
「好きになった人がタイプかな」
そんな答えになる人もいると思います。
でも、そんなときは「どんな人が好き?」ではなく、少し問いを変えてみる。
「どんな人と一緒にいるときの自分が、好き?」
たとえば、
自然に笑っていられる。
無理に自分をよく見せなくていい。
安心して話せる。
ちょっと甘えられる。
自分らしくいられる。
そんなふうに考えてみると、「背が高い」「明るい」といった条件とは少し違う、自分なりの“好み”が見えてくることがあります。
もしかしたら人を好きになるとき、私たちはその人自身だけではなく、
「その人といるときの自分が、心地いい」
という感覚にも惹かれているのかもしれません。
私にとっての「好み」は、穏やかな自分でいられること
そう考えてみると、私自身の「好み」も、ただ条件を並べただけのものではありませんでした。
背が高いとか、彫りの深い顔が好きとか、明るい人が好きとか。
もちろん、そういう好みもあります。
でも、その奥にあったのは、
「その人と一緒にいるとき、私はどんな自分でいられるか」
という感覚でした。
安心できる。
自然に笑える。
無理をしなくていい。
穏やかな自分でいられる。
私が大切にしていたのは、「こういう人じゃなきゃ嫌」という条件ではなく、
その人といるときの自分を、私は好きでいられるか。
ということだったんですね。
だから私は、自分の「好き」を大切にしてきたのだと思います。
「好き」は、自分の幸せを知るヒントになる
自分の「好き」が分かると、自分が何を大切にしたいのかも少しずつ見えてきます。
どんな人といると心地いいのか。
どんな人といるとほっとするのか。
どんな人といると嬉しくなるのか。
そして、
どんな自分でいるとき、私は幸せなのか。
好みというと、なんだか小さなことのように思えるかもしれません。
でも、自分の心が「好き」と動く瞬間を丁寧に見ていくことは、自分自身を知ることにもつながっているのだと思います。
「私には、これといった好みがないな」
そう思っている人も、無理に見つけなくていい。
ただ、日常の中でふと心が動いたときに、
「私、こういうの好きなのかも」
と、その小さな感覚を拾ってみる。
それだけでも、自分のことが少しずつ分かってくるかもしれません。
そして、自分の「好き」が分かってくると、毎日の小さな選択も、少しずつ自分らしいものになっていく。
服を選ぶときも。
人と付き合うときも。
休日の過ごし方を決めるときも。
「みんなはどうしているんだろう」ではなく、
「私は、どうすると心地いい?」
と、自分に聞けるようになるからです。
そうやって選んだものが少しずつ積み重なって、自分らしい暮らしや、自分らしい幸せになっていくのかもしれませんね。
あなたは、どんな人と一緒にいるときの自分が好きですか?
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