子どもが何か困ることをしようとすると、
「ダメでしょ!」
「やめなさい!」
私は、そんなふうに止めることがありました。
危ないことをしないように。
物を壊さないように。
困ったことにならないように。
親なんだから、止めるのは当たり前。
そんなふうに思っていたんです。
でもある日、何気なく見ていたテレビから、こんな言葉が聞こえてきました。
「子どものやることを邪魔しない」
その言葉を聞いた瞬間、私はハッとしました。
子どもは、自分でいろいろなことを試しながら、経験していく。
大人には「やめてほしい」と思えることでも、子どもにとっては「やってみたい」ことなのかもしれない。
「そうか。私は子どものやることを邪魔していたのかもしれない……!」
新品の傘を転がす娘に「やめて!」と言いかけた
ある日、娘が買ったばかりの傘を持って歩いていました。
すると突然、娘が傘をひろげてコンクリートの上で転がし始めたんです。
それを見た瞬間、
「ちょっと! 壊れるよ! もったいないよ!」
と言いそうになりました。
そのとき、ふと、あの言葉が頭に浮かびました。
「子どものやることを邪魔しない」
私は、言いかけた言葉をいったん飲み込みました。
そして、
「これって、本当に今止めなきゃいけないのかな?」
と考えてみたんです。
危ないわけではない。
誰かに迷惑をかけているわけでもない。
もちろん、傘が傷ついたり、壊れたりする可能性はあります。
それでも私は、そのときは止めずに見てみることにしました。
娘が何を考えて傘を転がしていたのかは分かりません。
転がしてみたかったのかもしれないし、動いていく様子がおもしろかったのかもしれない。
ただ、娘には娘なりの「やってみたい」があったのだと思います。
そして、その「やってみたい」を止めずに見ていたら、さっきまで「やめて!」と言いたかった私の気持ちまで、不思議と軽くなっていきました。
気づけば私も娘と一緒になって、転がっていく傘を追いかけながら笑っていました。
もし、あの言葉を知らなかったら。
私はきっと、
「新品なんだから、そんなことしないで!」
と止めていたと思います。
けれど、すぐに止めなかったことで、娘が自分でやってみる時間はそのまま続いていました。
同じ娘の行動なのに、私の見方が変わっただけで、こんなにも自分の気持ちまで変わるんだ。
それが、私にはとても大きな発見でした。
「いたずら」の中にも、子どもの「やってみたい」があるかもしれない
それまでの私は、大人の目線で子どもの行動を見ていました。
傘は雨の日にさすもの。
だから、それ以外の使い方、ましてや遊んでいるのを見ると、
「そんなことしないの」
と止めたくなる。
けれど、子どもにとっては、初めて触るものや、やってみたいことがまだまだたくさんあります。
触ってみる。
動かしてみる。
貼ってみる。
思ったようにならなかったら、もう一度やってみる。
そんなふうに、自分でやってみることも、子どもにとっては一つの経験なのだと思うようになりました。
だから今は、私には「いたずら」に見えることでも、
「この子は今、何をしてみたいんだろう?」
と、少しだけ見てみるようにしています。
「これは困った行動だから止めなきゃ」
と最初から決めるのではなく、
「何かやってみたいことがあるのかもしれない」
と思えるだけで、私の中に少し余裕が生まれました。
何でも自由にさせる、ということではない
「子どものやることを邪魔しない」
この言葉を大切にするようになったからといって、わが家でも何でも自由にさせているわけではありません。
たとえば、シール。
わが家では、タンスに貼るのはOK。
けれど、壁に貼るのはNGです。
理由はとても単純で、わが家は賃貸だから。
タンスは私の持ち物なので、シールだらけになっても私は困りません。
けれど、賃貸の壁に貼られるのは困ります。
だから、
「タンスは貼っていいよ」
「壁はやめてね」
と伝えています。
危ないから止める。
誰かに迷惑がかかるから止める。
わが家では困ることだから止める。
一方で、私がそれほど困らないことであれば、
「これはやってみてもいいかな」
と思えることもあります。
きっと、この線引きは家庭によって違います。
だから私は、「子どものやることを邪魔しない」を、何でも許すという意味では受け取っていません。
子どもの「やってみたい」を大切にしながら、止める必要があることは止める。
その中で、
「これは本当に止めなきゃいけないことかな?」
と一度考えてみる。
今の私には、それくらいがちょうどいいと思っています。
「やめなさい」の前に、子どものことを見てみる
今回の出来事で、私の中で一つ変わったことがあります。
それは、「やめなさい」と言う前に、ほんの少しだけ見てみようと思うようになったこと。
「子どものやることを邪魔しない」
この言葉は今、私にとって、
「ダメ」と言う前に、子どもの「やってみたい」をちょっと見てみるための言葉
になっています。
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