いちごの数じゃない。“大事にされたか”を子どもはちゃんと見ている

育児のこと

昨日の食卓での出来事。
5歳の娘が、大好きないちごを2歳の弟にひとつ取られてしまった。

泣きはしなかったけれど、なんとも悲しそうだった。

私は「明日また買ってくるから、今度はエリカ(娘)に一個多くあげるね」と約束をして、その場はおさまった。


そして今日。
いちごを買ってきて、夜ごはんのあとにいざ、「約束のいちごを食べよう」とこっそり声をかけ、まず娘にひとつあげた。
娘はご機嫌。

そこから家族全員に等分…と思ったら、数が一つ足りない

「じゃあ、みんな3つ、私は2つでいいか」
そう思って、3つずつのお皿を娘に配ってもらった。


すると、娘がお皿をひとつ持って戻ってきて、
「レンは2つ!ママが3つ食べて!」と。

でも私はみんなにたくさん食べてほしかったから、
「ママは2つでいいから、みんな食べな」と伝えて、弟に3つ入りのお皿を渡した。


その瞬間、娘の顔がフグのごとくふくれ、私に自分の分の一個を渡してきた。

「いいよ、食べな」と返すも、娘は怒りながら「食べて!!」と、私に渡してくる。

パパが「もらってあげな」とのことで、受け取った。


どうやら、昨日はレンが一個多く食べたから、今日はレンのいちごを一個少なくして欲しかったらしい。

私は「そっか、そうとは気づかず、ママがレンにいちごあげちゃってごめんね。
また明日も買ってくるから、許してね」と言うと、

あのフグほっぺがしぼんで、娘の笑顔が戻ってきましたとさ。


子どもが本当に見ているのは、いちごの数だけではなく、
自分の想いをちゃんと大事にしてもらえたかどうかなのかもしれません。

小さな出来事の中に、子どもの深い想いが隠れている。

これからも、余裕のある日は、その想いに少し丁寧に気づいていきたいです。
余裕のない日のほうが多いので、気づけた日は花丸ということにします。

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