どんな最期を迎えたいかが、いまの生き方を決めてくれる

わたしの頭のなか

――老衰というゴールから逆算して、今を生きる


人生の最期から、いまの生き方を見つめてみる

あなたは、人生の最期をどう迎えたいですか?

多くの人は、人生の「終わり」について考えることをしません。
けれど、人生の締めくくりを先に描くことで、いまこの瞬間の生き方に確かな軸が生まれるのです。

私は、「老衰で人生を終える」と決めています。
その決意には、こんな想いが込められています。

人生の最期は、特別な一日ではなく、それまで積み重ねてきた日々の延長にあります。
たとえば、いつも小さなことに腹を立てていた人は、最期のときにも誰かに文句を言っているかもしれません。
反対に、人の幸せを願いながら生きてきた人は、息を引き取るその瞬間まで、家族や周りの人を想っているものです。

食べものも同じです。
好きなものばかりを食べてきた日々が、人生の終わり近くに、身体の調子というかたちで返ってくることもあるのです。
小さな習慣や選択のひとつひとつが、心や身体にゆっくりと積み重なっていく。

それが、静かに訪れる“最期の姿”をつくっていくのかもしれません。

だから私は、「どんな最期を迎えたいか」を先に決めて、その姿にふさわしい今を生きようとしています。
穏やかに、感謝をもって、笑顔で旅立てるように――
いまの過ごし方を大切にしているのです。


「老衰で旅立つ」と決めたら見えてきたこと

なぜ「老衰」をゴールにするのか?

老衰とは、命の灯が静かに消えるような、自然で穏やかな旅立ち

過度な延命を望まず、自分らしく生き切ることを選んだ人たちには、こんな共通点があります。

  • 健康に気を配っている
  • 生涯現役でいる
  • 日々の小さな喜びを大切にしている
  • 信頼できる人間関係を築いている

これらはすべて、「今の生き方」に結びついているのです。


最高の最期のために、いま意識したい3つのこと


健康:がんばらずに整える、わたしの暮らし方

「がんばって健康になる」のではなく、
「自然と健康である」暮らしを。

これは「健康的に過ごす」ことですね。
ただ、大事なのは**「健康を管理すること」よりも、
「健康でいられる仕組みを生活の中に溶け込ませること」**なんです。

  • 毎日の散歩が当たり前になっている
  • 無理な食事制限ではなく、体が喜ぶ食事が習慣になっている
  • よく笑い、よく寝る
  • 心も健康に保つ(ストレスを溜めない)
  • 体を動かすことが苦ではない状態をつくる

つまり、がんばって健康に「なる」のではなく、
自然と健康「である」暮らしを組み立てておく

それが、静かな最期への準備になるのです。


時間:焦らず、日々を味わう

これは、「焦らず、無理せず、日々を楽しむ」ことですね。

時間を使って、
「あぁ、いい日だなぁ」と思える日常を積み重ねていく。

  • 大好きな人に会う
  • 自然の中で季節をたっぷりと感じる
  • 一人の時間も、大切な人との時間も丁寧に味わう
  • せかせかしない。やらなければいけないことに追われない
  • 日々の小さな喜び――
     たとえば、大好きな人とたっぷり楽しんだ帰り道に、
     「最高の一日だった」としみじみ思えるような、そんな瞬間。

老衰を迎える人たちは、「今」を生きています。

未来の不安や過去の後悔に囚われず、
「今ここ」の幸せに目を向けているんです。


お金:わたしらしく生き切るための道具として使う

お金は、生ききるための環境を整える手段です。

「延命ではなく、自分らしく生き切る」ために、
私はこんな使い方を意識しています。

  • 安心できる住まいへの投資(心地よい空間)
  • 健康寿命を延ばすためのメンテナンス(食事、定期健診、マッサージなど)
  • 人とのつながりに使う(旅行、贈り物、ちょっとした集まり)
  • 延命しない選択ができる環境の準備(エンディングノート)
  • 日常を楽しむ趣味への出費(豊かで幸せな時間を味わうために)

「自分らしい最期を迎えるために、今をどう生きるか」。
お金は、その問いに応えてくれる大切な道具なのです。


穏やかな最期から逆算して、今日を大切に生きる

どんな最期を迎えたいか――
それを先に決めておくと、人生の選択に迷いがなくなります。

健康を整え、時間を味わい、お金を活かす。
そのすべてが、
「最期に最高の人生だった」と笑える未来につながっています。

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