ママももっと笑っていい。“意味のない笑い”がくれたやさしい気づき

わたしの頭のなか

最近、娘が絵本のあるフレーズを読んで、大笑いしていました。

何度も何度も同じページを読み返しては、ゲラゲラと笑い、
「読んでー!」と私にせがみ、私が読むとまた笑う。
そして、2歳の弟に読んであげながら、自分でも笑っている。

そんな様子が、あまりにも続くので
「もういいでしょ」と言ったところ、
娘が笑い泣きしながら、こう言いました。

「だって、笑いたいんだもん。」

…私はその一言に、ハッとしました。

 


 

笑いたい。

理由を探すのは、私の癖なのかもしれません。
なんで?意味は?
けれど、娘はそんな理屈を越えて、ただ「笑いたい」と言っていた。

子どもはいつだって、今この瞬間を味わう達人です。

嬉しいから笑う。
楽しいから笑う。
その笑いが周りに伝染して、私まで笑ってしまう。

「なんだかよくわからないけど…楽しいね!」

 


 

大人になると「効率」や「意味」ばかりを重視して、
「ただ楽しいから」「笑いたいから」という
純粋な欲求を、どこかに置き忘れてしまうことが多いからなんですよね。

でも、意味のない笑いほど、心をほぐしてくれるものはありません。

笑いというのは、子どもにとって
**「感情の解放」であり、「自分らしさの発露」**でもある。

そして同時に、心の中に
「安心感」や「自分の居場所」がある証でもあるんです。

 


 

つまり、娘はそのフレーズを通じて、
**「自分がいちばん心地よくなれる状態」**を楽しんでいるんですね。

そしてその「笑いたい」という欲求は、ごく自然で健全なもの。

なぜなら、笑いは人間の根源的な快楽のひとつであり、
脳の報酬系を活性化して幸福感をもたらすから。

子どもはそれを本能的に知っていて、
無意識のうちに「今の自分に必要な栄養」を摂っているんです。

 


 

**「だって笑いたいんだもん」**って言える娘の姿には、
人が本来持っている自由さや豊かさのエッセンスが詰まっているように、私には思えました。

笑いに理由なんていらない。
心が動いたから、笑う。
ただそれだけで充分なんだ。

大人だって、本当はもっと笑っていいし、理由なんかなくていいんですよね。

きっと娘は、私に

「もっと一緒に笑おうよ」

って、無意識のうちに教えてくれているのかもしれません。

 


 

あなたは最近、ゲラゲラ笑いましたか?

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