「暇になっちゃうのよ〜」の奥にある、ほんとうの想い
先日、こんなやりとりがありました。
2歳の娘が再来年幼稚園に行くようになると話していたママ友。
「それがどうしようかと思って!**暇になっちゃうのよー!**趣味とかもないし」と話していました。
この言葉を聞いて、ふと考えました。
時間ができる=自由、とは限らない
このママさんの「暇になっちゃうのよー!」には、
ちょっとした不安や戸惑い、あるいは
「これから自分は何者であるのか」という問いがにじんでいるように感じます。
子育てにどっぷりだった時間から、ふと自分だけの時間という「空白」ができる。
これは、人生の節目でもあるんですよね。
「私って、何がしたかったんだろう?」
「時間ができても、やりたいことが思い浮かばない」
そう感じるのは、何も不思議なことではないのです。
「やりたいことがない」のではなく、「自分の時間をもつ経験が少なかった」だけ
趣味がない、やりたいことがない——
それは、これまで「自分のための時間」を持つ余白がなかっただけかもしれません。
ここで大事なのは、
「何かを埋めなきゃ」と焦って趣味を探すことではなく、
自分にそっと問いかけてみてほしいのです。
「今、本当はどんな時間を過ごしたいと思っているだろう?」
「忘れていた“好きだったこと”はなかったかな?」
思い出すだけでも、立派な第一歩です。
「ときめき」を拾う力が、人生を彩る
実は、わたし自身もふだんから
下の子が幼稚園に通うようになったらやることをメモしています。
そうすれば、実際にその日が来たら、リストから
**「今日はどれをやろうかな?」**とワクワクするものを選ぶだけ!
例えば私は、
・ちょっと子連れじゃ入りづらい静かめのカフェで読みたかった本を読む
・カウンターしかないラーメン屋に食べに行く
・おむつしてる子連れじゃ入れないスーパー銭湯に行く
などをメモしてあります。
店名や読みたい本まで具体的に。
このメモ取っていると、やりたいことがどんどん増えて困るくらいです😁
でも人生は有限なので全てやることは不可能。
ならばと、その中でも、心が一番動くものから選んで、とことん楽しんでいく予定です♪
人生の豊かさは、
やることの多さではないですが、
心が動く瞬間をどれだけ味わえたかで決まるのかもしれません。
「暇になっちゃうのよ〜」の奥にある想いに、どうか耳を澄ませて。
ほんの少し、自分を喜ばせる時間から——
新しい人生が、そっとまた始まっていきますよ。
今日ひとつだけでいいから、心が少し動いたことをメモしてみませんか。


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